プロフィール

はじめまして。トクです!

トクログ|薬剤師が始めるWEB副業。をご覧くださり、ありがとうございます!
当ブログは薬剤師のアラサー女子が管理する情報ブログです。こちらの記事では私のプロフィールやブログを始めた経緯について詳しくお話しします!Let’s go〜!!

私は、WEBやマーケティングの知識ゼロ(寧ろマイナス?)アラサー薬剤師です。

1年後の目標は、

WEBマーケティングを習得して、1年後に副業で月30万円稼ぐこと!です。

「いきなり何を言っているんだ…」思った方も多いと思いますが、本人は至って本気です笑

薬剤師という国家資格があっても病院薬剤師は過酷な労働環境の上、給料は安く、家族を養っていけるほどの収入はありません。

薬局やドラッグストアで働けばある程度のお給料がもらえますが、給料はなかなか上がらないし、毎日ルーチンワークで一生このまま続けていいのか、と迷いませんか?

私はこの先、収入を増やしたいし、もっと「薬剤師」や「医療従事者」という肩書きに縛られない仕事をしてみたい

これは新卒後しばらく病院薬剤師をしていたときにふつふつと湧き上がってきた想いです。

後ほど詳しくお伝えしますが、自分の人生の可能性を広げたい、具体的には悔しい思いをしている人の力になりたいので、Webマーケティングの勉強を始めることにしました。

私は大学6年を全て薬学に捧げて、新卒後は総合病院に就職
その後オンライン薬局を運営しているベンチャー企業に事業開発として転職したはいいものの、自分が成長できているのかよくわからない、ただの薬剤師です笑

では、なぜ医療従事者Webマーケティングの道へ進むことになったのか。
そのきっかけと経緯について、私の人生のコンプレックス歴と共にお話していきたいと思います笑

私のブログを見てくださった人が、少しでも人生の可能性を感じられたら、前向きに新しいことに挑戦できるきっかけになればと願っています。

基本情報

名前:トクちゃん
性別:女
生年月日:1994年7月24日
職業:薬剤師
好きな食べ物:餃子、チーズが入っていれば大体美味しい
趣味:Youtube、NETFLIX(韓国ドラマ)、サウナ、筋トレ(と言いたい)
好きな漫画:シュガシュガルーン
好きなゲーム:どうぶつの森、ハリーポッター
好きな色:緑と青の中間色
好きなアーティスト:milet、ミスチル

 

毎日が恥ずかしかった小学時代

小学校5年生くらいから、なぜか頻尿で苦しみました…笑

病院も行ってレントゲンも撮っても異常なし。

精神的なものだからいずれ落ち着くと言われましたが、特にいじめられていることもなく、親が過保護すぎるということ以外に、そこまでの悩みはありませんでした。

休み時間の度にトイレに行っても、授業開始後15分くらいでもうトイレに行きたくて、でも漏れそうでトイレに行きたいということを恥ずかしくて言えず、結局はお腹が痛いフリをして周囲に心配してもらうことが多々ありました。

ディズニーに行っても頻尿は変わらず笑

何より修学旅行のバスが怖くて、その時だけプライドが傷つきなりながらも、万が一のためと思ってオムツを付けました。

毎日が恥ずかしすぎて辛かった。小学校を卒業するまで頻尿は続きました。

 

後悔し続けた中学時代

環境が変わったこともあり、頻尿の悩みはいつの間にか消えていました。

部活はキラキラして見えた硬式テニス部に入部。

入部して2年目のある日、部室の鍵がなくなったと大騒ぎになりました。

私の学校は中高一貫だったため、部員数も多く、また中学も高校も同じ部活だったため、高二の先輩が部長でした。部室の鍵が見つかるまで部活は中止、一人一人荷物をチェックしていくという、誰のせいなのか血祭りのように探すことになりました。

結局探している途中で、鍵が私のバッグに過って入ってしまっていることに気がつきました。

今思えば、この見つけた時にすぐ「ありました、すみません。」と一言伝えればいいものの、その時は怖すぎて私のせいですとは言えず、なかなかバッグの中の鍵を出すことができませんでした。

「部室の中のものを全て1回全部外に出すぞ!」と捜索がヒートアップした時に、私は荷物を運ぶフリをして鍵を外に落としました。

その落ちた鍵を同級生が見つけてこの一見は解決しました。

しかし、血祭りのように探すストレスが、その鍵を見つけた友達に向かってしまったのです。

「あいつが持ってたんじゃないか。」犯人のように影口が叩かれ、仲間割れが元々多い部活でしたが、この時に鍵を見つけてくれた子が一時期嫌われるようになってしまったのです。

私は自分の行動をとても後悔しました。

「正直に自分の非を打ち明けられなかったことで、友達が嫌われる原因を作ってしまった」と、とても耐えられなかった私は退部しました。

 

悔しい日々を噛み締めた高校時代

惨めな退部からの留学

私が辞めたテニス部は頻繁に仲間割れがあったものの、高校生にもなれば皆戦友のように仲が良く、青春を謳歌していて、私は自分の選択を後悔し続けたと共に、仲間の眩しさをいつまで経っても羨んでいてとても惨めでした

そんな生活から逃げたいと思い、バイトは禁止だったので課外活動や短期留学に励むようになりました。

親は薬局を経営しており、ある程度裕福だったので留学費用も喜んで出してくれましたし、本当に感謝しています。

ただ、短期留学だったのですぐに英語が上達することもなく、ただ英語での意思疎通が難しく惨めな気持ちになっただけでした。

ロサンゼルスとNYにそれぞれ2週間ずつホームステイしましたが、英語圏の人からの眼光は鋭く、なめられまいと必死でした。

一方で留学で学んだこともありました。

ホームステイ先の同じ年代の女の子の話を聞くと、学校だるいとかあの子がカッコいいとか、話す内容は私たちと変わらず、「世界の中心と呼ばれるNYでも皆考えてることは結構同じなんだな」ということが、あの頃の私には新しい価値観で新しい発見でした。

 

大学受験勉強中に事件が起こる

高校2年性くらいからは大学受験のために勉学に励みます。

塾に行っても勉強は中の上。塾で一番上のクラスの人がキラキラしていて憧れたので、なんとか塾長に直談判をして一番上のクラスに入れてもらったこともあります。
根拠のない自信と行動力は昔から人一倍ありました笑

しかしなかなか成績は中の上から抜け出せず。

いつも明るくて、チャランポランそうに見える人が、実は頭が良くて成績も私より全然いいことがよくありました。私は見た目は真面目に見える方だったので、真面目に見える人ほど損をする世の中だなとひねくれました笑

毎日自習室で8時間勉強する日々。毎日毎日頑張っても結果が思うように出ず悔しかった

帰りが23時くらいになることも多かったのですが、そんな塾の帰り道にある事件が起きました。

家にあと10歩で着くという距離で、男の人に追いかけられ、後ろから口を塞がれ押し倒されました。

「毎日勉強を夜まで頑張って、テストがある度に自分のできなさに落ち込んで、それでも目標の学校に受かるために頑張っているのに、なんでこんな気持ち悪いやつの快楽の捌け口にされなきゃいけないの!?」

怒りと悔しさが一瞬で頭を埋め尽くし、「ざけんなよっ!!!」と口をおさえる手を振り解いて叫んでいました。

痴漢野郎が怯んだ隙に立ち上がって走って家のマンションに入り、母親に泣きついたのを覚えています。

そこから毎日、母親が駅まで迎えに来てくれるようになりました。

毎日遅くまで起きて最寄りから15分かかる自宅までの道を一緒に歩いてくれたのは今思うとすごく負担だったと思うしありがたかったのですが、当時は襲えそうなくらい弱そうに見える自分が情けなかったし、受験のストレスもあり、口を全く聞かずにただ歩いていました。

そんな感じで受験を迎えましたが、結局一般試験の受験は全落ちし、併願推薦で事前に受かっていた大学に進みます。

 

プライドで乗り越えた大学時代

第三志望の大学でしたが、浪人する気力も自信もなく、そのまま入学しました。

「目の前に与えられた環境で精一杯頑張ろう」それが私のプライドでした。

それなりに大学生をエンジョイしていた時、薬学部は6年生なのですが、大学4年の時に研究室に配属されます。

そこで私はまた悔しい思いをすることになります。

研究室争奪戦争に敗れる

研究室配属にはやはり定員があり、見学の時に先生に名前を覚えてもらったり、アピールしないと人気なところには入れなかったのです。

すごく尊敬する先生がいたので、その人に教わりたいと、志望書を書いて志願しました。

ただ2名の枠に3名第一志望でいるという噂。誰かが落とされます。

私は中学校の部活の経験から、もう他人を陥れることは絶対にしたくありませんでした。

ずる賢いことができなったので、本来であれば敵なはずの友達に助言をしてしまい、私が落ちることになりました。

今思えば助言をしてしまったことも要因ではありますが、先生のことをすごく尊敬していて絶対ついて行きます!ということしがアピールできていなかったので当然の結果だと思います。いかにその研究室に貢献できるか、今ならそれをアピールしたと思います。

第一志望の研究室しか興味がなかった私は、賭けに負け、第二・第三希望のところも元々第一で希望していた人で枠が埋まり、全落ちという結果になりました。

悔しかった。。。

研究室に選ばれない自分も、友達よりも魅力的ではないと思われたことも、本当に悔しかった。

自分が望んだ研究室に入れなかった人は、行かなくなり問題になることも多かったですが、私はここでも、与えられた環境で、手に入れられることは全部手に入れようという気持ちで毎日私を拾ってくれた研究室に行き、頑張り続けました。

悔しさにまみれつつも、毎日続けたのはそれが私のプライドだったからです。

ここで捻くれたり、病んでるように見えたらカッコ悪いし、同情なんかされたくない。

人生失敗しすぎて負けず嫌いの小娘に育ちました笑

 

フラれた恋愛を引きずりがち

そして恋愛でも悔しい思いをします。

大学6年の時に年上の異性に遊ばれました。何がいいのか今でも言語化できませんが、ある人をどうしようもなく好きになってしまい、でも相手は私を下に見てくる。

「ヒール履いてないと女とは思えない」などの言動から少しモラハラな人で、でも私と話す時の嬉しそうな顔が可愛くて、私は本命じゃない、遊ばれていると分かっていながら好きでしょうがなかったです。

執着心からその人のTeitterの裏垢を特定しましたが(笑)、そのTwitterではえっちなお姉さんと会話したりゲームしたりしていて、この人との将来は全く考えられないけれど、自分を選んでくれなかった、そんな承認欲求が満たされない悔しさがありました。

自分がフッた元彼よりも、自分のことをフッた元彼のことを考えている方が胸がキュッとなるのは、愛や恋ではなく、ただの承認欲求や執着心でしょう。でもそんなものですよね…

こんな人生だったので、見た目はポーカーフェイスでそつなくこなしているように見えますが、内心は悔しさや負けず嫌いからくるメラメラとした炎を人一倍抱える人間が私です笑

 

今思う、人生かけてやりたいこと

私はこの不平等な世の中、理不尽なこと等で悔しい思いをしている人の力になりたい

これまでの記述から察していただけると思いますが、悔しさで溢れた人生でした。

また、視力が昔から悪く、0.01もない。コンタクトの度数はソフトレンズで-11.5という驚愕の目の悪さです。

なんで自分は目がこんなにも悪いのか、なぜ自分がこんな思いをしないといけないのか。

けれど理由は違えど、そんな悔しい思いをしているのは自分だけではないのです。

ガンになって若くして亡くなってしまう人もいる。交通事故で突然危篤状態になる人もいる。病気で目が見えなくなる人もいる。

苦しんでいる人のために働きたい。

理不尽な運命等で悔しい思いを抱えている人は特に医療の現場に多いと考え、薬剤師として病院で働き始めました。

入院で不安を抱えている人に、薬の説明をして安心させてあげたり、医師に言えないことを汲み取って治療方針に反映させたりすることにはやりがいを感じていました。

しかし、基本マニュアルに縛られた仕事、病院の中に来てくれないとその人を支えられないこと、そんな制限からもっと人の生活に密着して、もっと悔しい気持ちや理不尽な状況で自己嫌悪を抱いてしまっている人のために仕事がしたいと思い医療系ベンチャーに転職しました。

今は試行錯誤しながら、健康の悩みがなくなるようなサービスを、世の中の人が当たり前に使うようになることを願って作っています。

ただ、転職して会社の中で仕事をしているだけでは、私が助けたい人の役に立つスキルが全然足りない。人生は短い。子供ができたらもっと時間がなくなる。間に合わない。

悔しい思いをしている人の話に寄り添って、その人のためになる物や情報を提供したり、その人の代わりに声を上げたりして、状況を変えるために動ける人間になりたい。

頼られる人になるためにも、提供できるものの幅を広げるためにも、影響力ある人間にならないといけない。

けれど私は新婚で、もうすぐ30歳。この一年が子供を産む前に自分のために時間を使えるラストチャンスと考え、影響力に直結するスキルを習得しようと決心します。

お金の心配をしなくて済むように収入を増やしたい

そして本音を言うと、ただ収入を上げたいと言う願望もあります。

薬剤師という国家資格があるからと言って、薬局やドラッグストアでの仕事を選ばない人は安月給です。スキルが年々上がっていくものではないので給料も上がりにくいし、周りには大学の奨学金の返済が45歳までかかる友達もいます。

私は親が裕福なので三人兄弟でも特にお金に不自由することなく育ちました。

ただこれを自分の子供に同じようにしてあげられるのか?今のままではNOだと思います。

”薬局を経営すれば儲かる時代”はもう終わりました。

時代の流れを見て、薬剤師だけではないスキルも身につけていく必要が、これからの薬剤師にはあるのです。

副業で月30万円増えたら、出産親の介護などを考えても、だいぶ心にゆとりが持てると思いませんか?

そんなことを考えて、初めて行った副業は株でした。

本を2冊読みましたが、それでもよくわからないことだらけで、わからないことが出てきたら調べる、の繰り返しでした。

しかしそんな簡単にうまくいくわけにもいかず、損が出ないようにすることしかできませんでした。

次に行った副業はInstagramです。

Instagramでとあるレジャースポット施設を紹介し始めました。実際に行ったレビューを投稿していたので信憑性も高く最初はかなり順調でした。しかし同じような競合アカウントが増え、今は7300人のフォロワーのまま停滞しています。

そこで次にInstagramのアカウントに関連したオリジナルグッズを作成してみました。
簡単なネットショップを立ち上げ、マルイ伊勢丹など全国各地のポップアップにも年に4回ほど出店しました。

一時期は売り上げも出てうまく行った時もありましたが、初年度の収益を計算すると10万円マイナスという結果でした。

こんなに1年頑張ってみても利益にすらならない。
行動力があっても、独学で行き当たりばったりではうまくいきません。

何故うまくいかないのか考えた時に、自分には人を惹きつける魅力マーケティング力)がないのだと気付きました。

 

自分が人生かけてやりたい仕事を作っていく

私が人生をかけてやっていきたいことは、不平等な世の中、理不尽なこと等で悔しい思いをしている人の力になることです。

そのための第一歩としてチャイルドスポンサーシップ、と言われるものも始めてみました。

これは生活ができないアジアやアフリカなどの難民の子供に毎月お金を寄付するという慈善活動です。

毎月一人4500円でその子の生活を支えるというもので、自分がサポートする難民の子供の名前を教えてくれるし、その子から手紙が来るという特徴があります。

私は自分のためにこの慈善活動を始めました。

生まれる国など自分でどうにかできる問題ではありません。

たまたま貧困の国に生まれてしまったから、教育を受けられず水も容易に飲むこともできない、そんな理不尽な状況の子供の役に立てているんだという実感で、またその子にお金を寄付し続けるためにも頑張ろう、と思えます。

慈善活動に興味はあるけれど怪しいんじゃ…?お金がかかるのでは?と思っている人のためにまたこれについては別で記事を書きますね!

 

私は出産・育児を目前に控えたこのアラサーの時期が、自分の自己実現のために時間を使えるラストチャンスなのだと考え、医療従事者だけではない人生の可能性を広げるために副業にチャレンジし始めました。

私は悔しい思いをしている人と一緒に、この不平等な世の中を戦い続けたいです。

そのためにまずはマーケティングスキルを身につけて、人の心を動かせる、人に行動を促せる人になります!

WEBマーケティングのスキルを身につけておけば、具体的にこれをすれば人の役に立てるとわかった時に、迷わず飛び込めるはずです!

そして薬剤師以外の仕事がしたいと思った時に、このスキルが必ず背中を押してくれます。
薬剤師以外の仕事にも、フリーランスや転職という形で挑戦できるようになります。

 

これから私はWEBマーケティングを習得して、月30万円稼げるようになるまでの一部始終を綴っていきます。

これはやらなきゃ良かった!という失敗談や、逆にやってよかった!の成功談。

すべてを公開するので、良くなることだけを取り入れてもらい、最短ルートで副業ができるようになってもらえたら嬉しいです。

自己実現のために、そしてお金の不安をなくすために、一緒に行動していきましょう!

個人的に親族も友達もお金持ちになってくれたら「一緒に好きな時に好きな場所で好きな遊びができる」が増えるのでそんな世界にしたいです。

ひとりでなっても遊ぶ人がいないとつまんないので、そんな世界をつくりたいです。

ぜひぜひ一緒に豊かな人生にしていきましょう!

最後まで読んでいただきありがとうございました!